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Value One グループ広報誌
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Value One Winter 2017 No.55より
 

様々な種類のボルタ。表情豊かで躍動感溢れる姿が魅力

鉄の町を再生するボルト人形

室蘭市内を一望できる測量山そくりょうざん の展望台に立つと、眼下に室蘭港や広大な工場群が広がっている。川崎、四日市、北九州、周南と並んで「日本五大工場夜景」に数えられる室蘭は新日鉄住金・室蘭製鉄所や日本製鋼所・室蘭製作所など鉄鋼業を中心に発展を遂げてきた北海道最大の工業都市である。

室蘭が「鉄の町」として産声を上げたのは1909年(明治42年)。北海道炭礦汽船(現在の新日鉄住金・室蘭製鉄所)が道内で産出される砂鉄と石炭を原料に、日本初の砂鉄精錬による溶鉱炉を建設したのが始まり。その後も北海道唯一の銑鋼一貫製鉄所として、長く地域経済をリードしてきた。

高度成長の時代を経て室蘭の町も大いに賑わったが、1985年のプラザ合意による急激な円高で日本の製造業は大打撃を受け、室蘭製鉄所も高炉一基を残し、棒鋼・線材に特化した製造拠点への変革を余儀なくされた。1970年代に約18万人あった室蘭市の人口も鉄冷え≠ニともに減少し、2005年には10万人を割り込んだ。かつて活気のあった室蘭の商店街にも閉じたシャッターが目立つようになった。

こうした中、地元の若手経営者を中心に町おこしのプロジェクトが始まった。その名も「テツプロ」。てつのまちぷろじぇくと≠略したもので、「鉄」で栄えた町を「鉄」によって再生しようという試みだ。

2004年から「アイアンフェスタ」というイベントを開催し、たたら製鉄の実演などのほか、ボルトとナットを溶接した人形を製作。これが思いのほか好評だったことから、約5センチの手のひらサイズに小型化し、「ボルタ」と名付けて2006年から販売を開始した。専用の工房を開設し、室蘭工業大学の学生らが考えたデザイン100種を2年がかりで製作。マスコミにも注目され、ボルタは一躍、室蘭を代表するお土産となった。現在も年間約4万個が売れるヒット商品だ。

ボルタはステンレス製のボルトやナット、ワッシャーなどの部品をはんだ付けして作られる。一つひとつが職人による手作り。10代の男の子という設定で、スポーツや音楽に興じたり、恋を告白したりと様々なポーズがある。そのいずれにもストーリーがついている。例えば「あやまるボルタ」。「よりによってあの人にあのコトがばれてしまったボルタ。ピンチ!!しかしここは黙って謝ろう。『言い訳は決してしない!』それがボルタの心意気である」という説明文が手にする人の顔をほころばせる。2008年には女の子の「ナッティ」も登場し、さらに物語の幅が広がった。

ボルタ工房の開業時からのメンバーである星野義一工房長。自らも長年、室蘭製鉄所に勤務した元鉄鋼マンだ。「町おこしの事業がこんなに長く続くとは思わなかったが、鉄で町を活性化したいという強い想いが常に根底にあった」と振り返る。

鉄の町として100年以上の歴史を誇る室蘭。重厚長大の代名詞である鉄鋼業が小さな鉄人形によって、身近で愛着のある産業としての新たな魅力を伝えている。

室蘭の眺望。室蘭製鉄所などの工場が立ち並ぶ






ボルタの工房。すべて職人による手作り(ボルタは屑鉄工房の「ボルトマン」など世界中のボルト人形を参考にして製作されたものです)





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