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Value One グループ広報誌
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Value One Autumn 2004 No.06より
 

陸奥(みちのく)の小京都・岩手県盛岡市。北上川、中津川、雫石(しずくいし)川の合流地点に位置するこの地は、砂鉄・岩鉄などの良質な鉄資源に恵まれ、川砂・粘土、漆、木炭など鋳物に必要な原材料が豊富に産出される地域であった。1633年、南部藩主・南部重直(なんぶしげなお)は居城を三戸から盛岡に移し、甲州から鋳物師の鈴木縫殿(ぬい)を、京からは釜師の小泉仁左衛門(こいずみにざえもん)を呼び寄せ、藩内での鋳物産業の振興に注力。1750年代以降、南部利雄(なんぶとしかず)にいたっては、町人や武士にまで茶の湯を奨励し、城中に鋳物場を設け、自らも茶の湯釜を製作したと伝えられている。その頃、三代目・小泉仁左衛門が湯釜の寸法を縮め、口と鉉(つる)を付けた茶の湯用の鉄瓶を考案。南部鉄器が誕生した。以後、250年以上にもわたり、この地では伝統技法が脈々と受け継がれてきた。

「南部鉄器の特色は独特の形と文様(もんよう)、そして肌合いにあります」。現在、十代目となる小泉仁左衛門氏はそう語る。南部鉄器の製作工程は、精密な手作業の繰り返しである。鋳型の製作から鋳型の組立、鋳込み、着色など、ひとつの南部鉄器を仕上げるには、じつに2ヶ月以上もの時間と50以上もの工程が必要とされる。大量生産品ではないため、個々の南部鉄器のデザインに応じた鋳型を一つひとつ作り込む。
鋳型の表面を丁寧に仕上げていく。
南部鉄器の「肌」を決める重要な作業

最も重要となるのが「文様押し」と「肌付け(はだつけ)」と呼ばれる工程である。文様押しとは、鉄瓶の表面を彩る文様を鋳型に押し出す作業だ。南部鉄器の代表的なデザインである丸い突起が表面に浮き出た「霰(あられ)文様」も、もちろん職人の手によって、真鍮(しんちゅう)の霰棒で一つひとつ鋳型の内側に押されて作られていく。一方、肌付けとは鉄瓶の表面に南部鉄器独特の「肌合い」を持たせる手法である。砂を鋳型の内側に丁寧に付けていくことで、鋳込むと鉄瓶の表面が、微細な砂の粒子によるザラザラ感と滑らかさが合いまった、ちょうど柚子の皮のような手触りとなる。無機質な鉄瓶に「肌を付ける」。南部鉄器を支える職人たちの「温もり」が鉄瓶に込められる瞬間である。


この後、漆やおはぐろで表面を着色
して仕上げる

【凌雲堂 鈴木盛久工房】
http://www.suzukimorihisa.com/
岩手県盛岡市南大通1-6-7
TEL:019-622-3809
【岩鋳鉄器館】
http://www.iwachu.co.jp/
岩手県盛岡市南仙北2-23-9
TEL:019-635-2505
年中無休。無料。
盛岡駅より約5キロ、車で15分

盛岡市内には、南部鉄器の工房が数多くある。甲州からこの地に召された鋳物師・鈴木縫殿氏の末裔で、十五代目にあたる鈴木盛久(もりひさ)工房もその一つ。現在の当主・鈴木盛久(志衣子(しいこ))氏の祖父・十三代目の鈴木盛久氏が、1974年に記録保存による無形文化財に指定されたことでも知られている。茶釜や鉄瓶など、確かな伝統工芸の技に裏打ちされた逸品が展示・販売されている。
南部鉄器の製作工程を見学したいのなら岩鋳キャスティングワークスの「岩鋳鉄器館(いわちゅうてっきかん)」へ。展示ギャラリーも備えたテーマパーク型工場で、施設内のレストランで郷土料理の「わんこそば」も味わえる。
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