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Value One グループ広報誌
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裁ち鋏の町「松戸」
Value One Spring 2016 No.52より
 

北島氏の羅紗切鋏。手にすると軽く、スムーズに動く
 
最後の職人がつくる伝統の羅紗切鋏

布地の裁断に使われる裁ち鋏は別名「 羅紗切 らしゃきり 鋏」とも呼ばれる。「羅紗」とはポルトガル語で厚手の生地を意味する。

幕末から明治にかけて、西洋から様々な文化が日本にもたらされた。洋服もその一つ。とりわけ軍服など西洋を模倣した衣類が大量につくられたが、その縫製に使う裁ち鋏もまた海外から持ち込まれたものだった。しかし、西洋の裁ち鋏は大きくて扱いづらいという難点があった。それを日本人の使いやすい形に、独自に改良したのが江戸の刀鍛冶だった吉田弥十郎(弥吉)である。当時、弥吉が考案した裁ち鋏のデザインは非常に完成度が高く、現代に至るまでほとんど変わることがないという。

弥吉は数多くの弟子を育て、その技術は「江戸鋏」と呼ばれる鋏鍛冶の一門によって広く受け継がれた。千葉県松戸市の北島和男氏(78)。二代目平三郎を名乗り、弥吉の系譜に連なる数少ない羅紗切鋏の職人だ。小学生の頃、東京大空襲で焼け出され、父である初代平三郎とともに荒川区から松戸市に疎開。以後、この地で羅紗切鋏をつくり続けてきた。

その技の真骨頂は「総火造り」と呼ばれる卓越したスキルにある。真っ赤に熱した鋼や地金を金槌で繰り返し叩いて延ばし、刃先から柄に至るまで、すべてのパーツを自らの手の動きと感性だけで形づくっていく。流れるように一本の鉄に命が吹き込まれる。普段、私たちが目にする裁ち鋏は複合材でつくられた刃と鋳造の柄を溶接して大量生産されたものだが、総火造りでつくられた鋏は想像以上に軽く、しなやかな切れ味を見せる。

「左右で形の異なる二本の刃を組み合わせるのがもっとも難しい。鋏をつくる技術があればどんな刃物にも応用できる」と話す北島氏。依頼があれば彫刻刀や 篆刻 てんこく 刀などあらゆる刃物のニーズにも応えてきた。

ただ、弥吉から続く150年に及ぶ総火造りの伝統も、北島氏を最後に後継者はいない。日本の多くの伝統工芸品が安価な輸入品との競争や人材難によって存続の危機に直面している。一日に一本しかつくることができない手間と隙がかかり、相応の値段のする羅紗切鋏の世界においても、それは例外ではない。

「好きで鋏づくりをやってきたわけではない。父の跡を継ぐのが当然だと思っていた」と笑う北島氏。その父にはスパルタで鍛えられた。「昔はそれが当たり前。見よう見まねで技を磨いてきたが、結局は自分で考えるしかない。いまだに完璧といえるものはなかなかできない」とその奥深さを説く。

「丁寧に手入れすれば、50年は使える」という総火造りの羅紗切鋏。オーダーメイドで紳士服を仕立てるテーラーや京都の呉服店など多くのプロからも愛用されている。

伝統の技はいずれ途切れるかもしれない。だが、最後の職人が魂を込めてつくった羅紗切鋏の切れ味はいつまでも褪せることはないだろう。


金槌で何度も叩いて延ばす「総火造り」の技法



本物の証である「総火造」が刻印された羅紗切鋏





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