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Value One グループ広報誌
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Value One Winter 2016 No.51より
 

漆黒色の地鉄が美しい肥後象がん(関維一氏の作品)
 

鉄の錆を活かす伝統の技

鉄などの素材の表面に金や銀で美しい図柄( かたち )を嵌め込む独特の工芸技法である 象嵌 ぞうがん 。シリアで生まれ、シルクロードを経由して飛鳥時代に日本に伝わったとされる。1300年以上の歴史を持つ日本で最も古い伝統工芸の一つとして、現在も熊本、京都、石川などで技の継承が続けられている。

中でも江戸時代に隆盛を極めた熊本の「肥後象がん」。1632年に肥後国主として入国した細川忠利に仕えた林又七が、刀の つば や火縄銃の銃身に象がんを施したのが始まりとされる。

肥後象がんの特徴は鉄の錆を意識的に利用し、重厚感と地鉄の美しさを引き出すことにある。その製造工程は極めて緻密で手間のかかる作業だ。まず磨いた地鉄の表面に たがね で縦、右斜め、左斜め、横の四方向に布目のような細い刻み目を入れる。その上に、金や銀の薄い板をくり抜いてデザインされた型や線を鹿の角で打ち込む。表面が布目のようにザラザラしているため、型がしっかりと地鉄に食い込む。その後、細い鉄の棒で不要な布目を丁寧に消していく。これが「布目象がん」と呼ばれる至高の技だ。

肥後象がんの漆黒色は、鉄が錆びることでつくり出される。象がんを施した後、特殊な錆出し液に浸け、全体をむらなく錆びさせる。次に茶の中に入れて煮る。タンニンを付着させることで独特の黒地に変色させ、錆の進行を止めるのである。

武具の装飾技術として発達した肥後象がんだが、明治維新の廃刀令で急速に需要が衰退。しかし、煙管や装飾品、茶道具などに技術の転用を図ることで再び繁栄を築いた。第二次世界大戦中は統制により金などの材料が入手困難となり危機を迎えたものの、戦後は後に人間国宝となる 米光太平 よねみつたへい 氏らが後進の指導に注力。現在では十数人の象がん師がペンダントやイヤリング、ネクタイピンなど様々なアクセサリーや小物類の製作で腕を競っている。

伝統工芸士の関 維一 つなかず 氏は15歳で米光太平氏に師事し、以来、約60年も第一線の象がん師として活躍してきた。燭台や香合など茶道具での名作も多い。「この年になっても新しいものに挑戦したい気持ちが強い」と話す関氏。一方で、肥後象がんのルーツである林又七の名作と言われる鐔の写しに40年以上も取り組んでいる。

同じく米光氏のもとで25年間働き、若手の育成に力を注いできた米野純夫氏。旧来の徒弟制度では人材が育たないと考え、父の営む米野美術店に社員として象がん師を雇うことで生計を支えた。「米光先生の鐔などは百年経っても色あせることがない。若手には流行の装飾品だけでなく、後世に残るしっかりした作品をつくって欲しい」と力を込める。

長い伝統を誇る肥後象がん。その高い品格と洗練された技術は伝統工芸の枠を超えて、未来に向けて輝きを放っている。


「布目象がん」の作業をする関維一氏



人間国宝の故米光太平氏が手がけた作品





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