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Value One グループ広報誌
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地球釜 [葛飾]
Value One Autumn 2018 No.62より
 


製紙業の足跡を残す産業遺産

その大きな鉄の塊は芝生の広がる公園の片隅で、あたかも昔からそこに存在していたかのように、静かに佇んでいる。緑の中に置かれた高さ4メートルもの巨大な赤褐色の鉄球。まるで宮崎駿の映画か何かに出てきそうな不思議な物体だ。

「地球釜」。それがこの鉄球の名前だ。誰が名付けたのか、確かに地球のように大きくて丸い。「釜」というのは、この鉄球が長い間、請け負ってきた仕事を指す。

東京都葛飾区のJR金町駅にほど近い、にいじゅくみらい公園。隣接する東京理科大学・葛飾キャンパスを含めた広大なこの地には、2003年まで三菱製紙・中川工場が操業していた。製紙工場では1トンの紙をつくるのに、その100倍の水が必要とされる。従って水源に近い場所に工場が建てられるのだが、葛飾区を流れる中川や江戸川沿いには戦前から製紙工場がたくさんあった。中川工場は1917年に操業を開始し、戦中には大蔵省から紙幣用紙の抄造工場にも指定された。戦後は出版業の盛んな都心に近い製紙工場として印刷用紙などを供給してきた。

地球釜は工場で発生する損紙(そんし)を高温で蒸して再利用するための機械だ。長時間、グルグルと回転させながら、繊維を細かく砕いていく。だから円形であり、「釜」なのだ。記録によると、中川工場の地球釜は1945年頃につくられた。厚さ16ミリの鋼板32枚を溶接せずに、すべて鋲だけで球体につくり上げられている。この地球釜は中川工場が閉鎖されるまで、60年近く稼働し続け、製紙業の足跡を残す貴重な産業遺産として、葛飾区に寄贈された。

現在、地球釜を使う製紙工場はほとんどないそうだが、中川工場で稼働していた当時の地球釜を知る同社の竹内常括・不織布商品部長は言う。「地球釜は中川工場の象徴として、確かにここに工場があったのだと実感させてくれる。懐かしくもあり、寂しくもある」。

子どもや学生が憩う緑豊かな公園に、役目を終えた地球釜が往年の製紙産業の人々の想いものせて、いつまでも存在し続けるのだろう。
公園の近くを流れる中川





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